キリン電波製造所

妄想小話を一日一つ書いていました。全てが全て虚構のお話です。

キリン電波受信機

「キリンには角が五本あるのだけれど、実は見えない六本目の角があって、そこから特殊な電波を放出している」
そんなのは嘘だと私は彼の言葉を否定した。
見えない角などありはしないし、ましてそこから電波など出ているはずがない。
それがもし本当だったら、もっともっと沢山の人が知っているはずだ。

けれど彼は得意げに続ける。
「キリンの首が長いのはどうしてだと思う?」
「木の上の方の柔らかい芽が食べやすいからでしょう?」
「いいや違うよ。それならアフリカ中の草食動物がキリンみたいに首が長くなるはずさ」
そう言われてみれば確かにそうだ。
あんなに首が長い生き物はキリンぐらいしか思い浮かばない。
それならもっと別の理由がある、ということ。
「高い方がより遠くまで電波を飛ばせるだろう?」
そうやって彼らは電波を飛ばし、コミュニケーションを図っているのだという。

何とも嘘くさい話ではあるが、その反面信じたくなるような説得力もある。
あの動物園にいる優しい瞳の生き物が、実は電波を用いて交信しているだなんて。

「ハローハロー、こちら上野動物園です。応答願います」

「ハローハロー、こちら多摩動物園。感度良好」

きっと今も私たちの頭の上を、キリンたちが発する黄色い電波が行き交っているだろう。

私は自分の後頭部をそっと撫でてみる。
そこにはやはり六本目の角はなかった。
それどころか角の一本すらない。
見えない角がないのなら、キリンたちの囁きを聞き取ることはできない。

キリンたちはその電波を使って一体どんなことを話しているのだろう。
今日の天気? うわさ話? 今日食べたえさの話?


「今日はどんなお話を?」

それでは今日は、風の匂いについてのお話を


おしまい。


---------- キ リ ト リ ----------

このブログを始めてちょうど一年になり、作品数は三百六十七作品となりました。
これにて一旦お話の更新は終了とさせて頂きます。
一年間お付き合いくださりありがとうございました。

お話作りをやめるつもりはありません。 またここで不定期に載せるかもしれませんし、また他のサービスを使って載せるかもしれません。
その際にはまたお知らせいたします。

何か不都合、感想、連絡などございましたらこちらまで


皆さんの頭に六本目の角が生えてきましたら、きっとまたお目にかかれるでしょう。そのときまでしばらくのお別れです。


1suke

マリア

「お父さん、話があるの」
娘が私の前に座った。
それが心躍るような話でないことはその表情から容易に察することができる。
波がみるみるうちに引いていくのを感じながら、私はぐっと大津波が襲ってくることを覚悟した。
「何だ」
「あのね、私……。赤ちゃんができたの」
私は大きくため息をつく。
しかし、いつかはこんな日が来るのではないかと思っていた。
決して素行が悪いというわけではない。だが、真っ当に生きてきた自分から見れば『浮ついている』というか不真面目な生き方をしているように見える。
大学に入ってからはますますその傾向が顕著になり、サークルだ飲み会だクラブだ合コンだと毎日遊び歩いている。
その挙げ句に妊娠とは。こんな娘に育てた覚えはないのだが、そんな愚痴を言ってもどうしようもない。
「相手は誰だ。同級生か」
「違うの、聞いてお父さん」
同級生ではない? 私はより一層こわばった気分になる。
「相手は居ないの。処女懐胎なのよ」
「うん?」
「聖霊の子なの。天使様が授けてくれた、後の世を統べる救世主であり、神となるべき人間なのよ」
これは想像していたのとは別のベクトルで育て方を間違ってしまったかもしれない。
産婦人科ではない別の病院へ行く必要があるんじゃなかろうな。
「落ち着いて話しなさい。何だって?」
「だからね、私は男の人とそういうことをしたわけではないの。けれど私のお腹には赤ちゃんがいるの。言ってること分かる?」
「お前こそ自分の言っていることが分かっているのか?」
今日日小学生でも生命の成り立ちを心得ているというのに、この娘ときたら。
「そうだよね。信じられるわけがないよね。私だってとても不思議に思っているもの」
「ちゃんと検査はしてきたのか? つまり、その、単に遅れているとかではなくて」
「病院で見てもらってきた。三ヶ月だって」
「そうか。とりあえず本当のことを話なさい。お父さん怒らないから」
「信じてよお父さん。本当なの。本当に天使様が私の元に現れて授けてくださったのよ」
「お前は何を言ってるんだ」
「お父さんだって分かるでしょう。いまのこの混沌に満ちた世界のこと。貧富の差は広がり、紛争は絶えず、人々の心は荒んでいる。誰も彼もが利己的で、博愛主義者が損をする世の中じゃない。そんなことがまかり通って良いと思う? 私はそんなの納得が出来ない」
頭がどうにかなってしまったのではと疑っていたけれども、その瞳は狂気よりも彼女なりに世を憂う慈悲の色が輝いていた。
宗教的なものに感化されてしまったことに対しての抵抗感はあったが、彼女の言い分が間違っているとは思わない。
正直者が馬鹿を見るような世の中は私だって間違っていると感じているし、それを正したいと思う彼女の気持ちもまた真実であろう。
だからといって処女懐胎などという奇跡が起りうるのだろうか?

「じゃあお父さんは目の前で起きた奇跡体験をどうすれば信じてくれるの?」
私は言葉に詰まる。
たとえば目の前で奇跡が起きたとしよう。
何でも良い。空中浮遊でも壊れたものの再生でも構わない。
それを目の前で見たとして、私はそれを信じるだろうか。
タネと仕掛けのある手品か錯視を利用したトリックか。とにかく目の前で起きたことをありのまま受け入れるなんてことはしない。
しかしタネも仕掛けもトリックもないただの奇跡を、それを信じられない人間に一体どう信じさせることができるだろう。

「私の事を受け入れて。ありのままの私を愛して。それが世界平和の一歩であり、この子が後世に伝えていく教義なのよ」

私のかわいい娘。
時には反発され、衝突したりもした。
不出来な部分もあったが、紛れもなく私の愛する娘である。
そんな娘を私が信じてやれなくてどうするんだ。

受け入れよう。ありのままの彼女を愛そう。
そして生まれてきた神の子と共に、この世界の誤りを正していこう。

「信じてくれてありがとう、お父さん」
「きっとこれから沢山の人がお前の事を非難するだろう。けれど胸を張っていなさい。私はいつだってお前の味方をしてあげるから」
「うん」
娘は滲んだ涙を人さし指で拭い、こう続けた。

「けどね、生まれてくる子供のことを考えると仮初でも父親となってくれる人がいるべきだと思うから、彼を連れてきました」
「こんちゃーっす」
「てめぇが娘を孕ませたのか!!」
  

はつゆめ

初夢を見た。
それは一富士二鷹三茄子のどれとも全く関わらない、少し奇妙なだけの夢だった。

六畳の和室の中心には薄っぺらい布団が敷かれており、私はその上にうつぶせになっていた。
何物かにマッサージを施されているらしく、背中をぐいぐい押される感触だけがある。

窓辺には二人の男が座っており、一方は煙草を呑み、一方は扇を拡げて煽っていた。
「その男はね、目が見えないのです」
扇を持った男が言った。
その視線の先はどうやら私の背を押している人間に向けられているらしい。
そういえば昔は目の見えない人が按摩をやったり琵琶をかき鳴らしたりしていたのだっけ。
「けれど、それが一体何だと言うのですか?」
「これはとても重要なことですよ。良く覚えていて下さい」
強く念を押されて、私は目を覚ました。


そういう夢を見た話をあなたにしたらば
「四扇五煙草六座頭だね。なかなか良い一年になるんじゃないかな」
と教えてくれた。
そんなメジャーでない縁起の良い初夢シリーズが私の夢に出てくるなんて。

今年のこと

「初詣に行きましょう」
「何をいきなり」
「来年のことを言うと鬼に笑われます。なので今年のことは今年言いました」
「それは朝になってからでも良いのでは」
「今です」
先ほどの罪悪感もあり無事ナルトを最善のタイミングで食せた満足感も手伝って、そのわがままに付き合う形になった。

「寒いですね」
「寒いですよ何を考えているんです」
太陽の生まれていない新年は、凍てつく風が吹き荒れている。
過ぎ去った年の朽ち果てた残骸は脆く崩れ去り、未だ産声をあげぬ新年を虚ろに眺めている事だろう。

「また変な事を考えていますね」
「変な事とは失礼な」
マフラーを口元まで覆っていても、あなたの表情は見て取れる。
かじかむ手に息を吹きかけ、暖を取る。

そこは地元にある小さな神社だった。
大きな神社もあったけれど、寒い上に人混みに揉まれなければならない苦行までする気は到底起きない。

五円玉を放り、鐘を鳴らし、二礼二拍手。

「来年こそは六億円が当たりますように」
私は声を大にして願い事を言い、礼をする。
「こういうのは……声に出してはいけないものなのでは」
「言霊信仰が重要なのではないのですか」
「それとこれとは……いや、どうなのでしょう」
神さまが読心術を使えるとは限らない。
言わなくたって伝わると、そういう思い込みが人間関係をこじらせる要因なのだ。
それはきっと神であっても変わらないはず。

あなたは私のトンデモ理論に騙されたらしく、大きく息を吸って願い事を口にした。
「今年も仲良く、ずっといられますように」
勢いよく礼をして、あなたは早足で階段を駆け下りた。
恥ずかしいのならば言わなければいいのに。

私も急いで階段を下り、境内の外で待つあの人の元へと駆けていった。
温かい帰り道だった。

来年のこと

炬燵で年越しそばを食べる十一時半。
私はナルトをどのタイミングで食べるべきかを必死で考えていたし、あなたはテレビに半分意識を持って行かれていた。
「早いもので今年も終わります」
それは一年を振り返る映像を流していたからだろう。
もうそこら中で聞いた台詞に、私は若干飽き飽きとしていた。
振り返ってどうするのだろう。そんなの良いこともあれば嫌な事もあるし、反省すべき点はたくさんあるけれどそれは日々の中で反省をするべきことで、年末にまとめてやったってどうせ取りこぼしは出てくるのだ。
けれど私にとってはナルトのことが重要なので
「そうですね」
と、軽く受け流す。
ナルトはシックな色合いの多いそばの中で数少ない華のある具材だ。
だからこれを食べてしまうと一気にどんぶりのなかの色合いが寂しくなってしまう。
かといって最後の最後まで残しておくものでもないし、そばの残量との兼ね合いが非常に難しい。
「来年の抱負は?」
「来年のことを言うと鬼に笑われますよ」
来年のことを考える時間すら惜しい。
「そうなると我々は明日の話もできませんね」
「我々に明日のことなど考える必要はありません。ただ淡々と、ただ粛々と、今目の前にある日常に向き合えばそれでいいのです」
他のことを考えながら喋ると、どうしてこうも全く訳の分からない事をまくし立ててしまうのだろう。
ずずずとそばをすする。
「そば、好きですか」
「はい。うどんよりは」
「ならば今度そばを食べに行きましょう。おいしいところがあるのです」
「それは来年の話ですか」
あなたは押し黙った。
鬼に笑われることが一体どれほど恐ろしいことなのだろうか。
あんな炒り豆ごときで退治されるような種族だというのに。
「では粛々とそばをすすりましょう」
言い過ぎだったかと後悔はしたけれど、そこまで機嫌を損ねたようではない。
いつも通りの表情でテレビを眺めている。
ほんの少し胸をなで下ろし、然るべきタイミングにナルトとを食す。


遠くでは除夜の鐘が鳴っていた。

一つ二つと鳴り響く厳かなカウントダウン。
百八つ目の鐘が鳴ったとき、彼はこう言った。