キリン電波製造所

妄想小話を一日一つ書いていました。全てが全て虚構のお話です。

悪の味方

よく分からない秘密組織のようなものがやって来て、僕に向かって「地球の危機を回避するためにはあなたの力が必要なのです。我々に力を貸してください」と言われたならば、いったいどうするだろうか。
言われるがまま、その秘密組織のようなものに力を貸すだろうか。

その交渉役らしいメガネの女に僕は尋ねる。
「これは、世界の命運はいま僕の手に握られているということですね?」
はい、と女は事務的に答える。
「ということは僕はいま、世界の滅亡を目論む悪の組織をつくれるというわけですね」
「はい?」
「憧れてたんですよ、悪の組織」
正義のヒーローよりも悪の軍団。
平和を守る戦士よりも世界征服を企む悪の大幹部。
そういうものが僕は大好きだった。
必ず滅ぼされるだろうことは分かっていても応援したくなってしまう。

「しかも積極的に世界を滅ぼすのではなく、ただ助けないだけで世界を滅ぼせる。これは新しくないですか」
「新しいですけど、あなた一人で何ができるんですか」
「いや、案外結構世界の滅亡を願ってる人、多いと思うんですよね」
この前のマヤ歴云々のフィーバーっぷりを見ればよく分かる。
みんなほんとは滅亡を期待している。

そんな僕を軽蔑しているだろうに、そんな様子をおくびにも出さず淡々と、かつ毅然とした態度でこう言った。

「私は滅亡を期待なんかしていません。期待していないからこそこの仕事をしています」
「そりゃあなたはエリートだから」
「そうです。エリートはおいしい汁を吸っているので滅亡してほしくないのです」
ですから、と一呼吸置く。
「ですからあなたは我々エリート集団を敵に回すこととなります。我々は全力で武力行使をしますよ。世界中からあらゆる部隊、兵器を持ち出しますよ。あなた率いる悪の組織は、消極的に世界を滅ぼそうとするあなた方は、いったいどのような手段で我々に対抗するのですか? どのような味方をつけて、世界を守ろうとする人を倒すのですか?」
ぐうの音も出やしない。

「ごめんなさい」 何で謝ってるのかも分からないまま僕は正義に屈服し、利権に溺れて世界を守ることになった。
甘い汁はおいしい。生きててよかったと、心から思う。

好き嫌い

昔は納豆が好きだった。
毎朝でもいいくらい好きだった。
それが食べられなくなったのは小学校に入ってからだ。

ある日給食に納豆が出た。私はなんの抵抗もなく納豆のカップを開けようとしたとき、クラスで一番かわいい女の子が声をあげた。
「わたし、納豆なんて食べられない」
心の底から軽蔑するように眉間に皺を寄せて、唸るような声で納豆の嫌いなところを並べ立てた。
挙げ句の果てには「こんなの食べるなんて信じられない」とまで言う始末。
もしこれを食べたら、自分の人格まで疑われてしまうのではないか。

私はそっとカップを置いた。

よくよく考えてみたらとても変な臭いだし、ねばねばしていて気持ちが悪い。
こんなものを食べるのはおかしいことかもしれない。


そんなはずはないのに。
どうして他人の好き嫌いに私が左右されなければならなかったのだろう。
それがとても下らないことだと気付いた時にはもう大人になりすぎていた。

何度も練った納豆を、一粒口に入れた。

「やっぱりおいしくない……」

未来

眠れない夜、あなたは枕元で未来話をしてくれた。
昔話ではなく未来話。
むかしむかしではなく未来未来で始まる物語。

奇抜で不思議で荒唐無稽な未来の物話。
けれどもしかしたらあるかもしれない夢の話。
そんな未来がやって来るのはどのくらい先の事なのだろう。
十年、百年、千年先に、それは今と名前が変わるだろう。

そのとき私もあなたも誰もいなくて、知っている人もいなくなっている。
その時代に生きてる人が、きっと私たちのことを語るのだ。

むかしむかし……。

すれ違う二人

女はいつも同じ駅で電車に乗る男が気になっていた。
整った顔立ちと隙のないスーツの着こなし。
飾り気のない左手にも惹かれる。

対して女は垢抜けない地味な印象で何事にも消極的だった。
恋はいつだって叶わない。
それはいつも本やドラマの中だけのお話。

けれど今度は少し違った。
何度も目が合うし、目をそらしていても向こうがこちらを見ている気がした。
話しかける勇気はない。
けれどもし自分を変えることができたなら。自分を好きになることができたなら。
きっと話しかけることもできるだろう。
もしかしたらそれ以上にだって。

メガネをやめてコンタクトにした。
髪型を整え、ストレートパーマをあてた。
化粧も勉強して、服も彼と釣り合うように。

女は劇的に変わった。
スマートな男と並んでもとてもお似合いのカップルに見えただろう。

しかしその日以来、男は女に見向きもしなくなった。



「あまりに変わってしまって同じ人だと気付かなかったのね! ステキ!」
「メガネでやぼったい女が好きだったんだな。マニアック」

メリー

枕元にはプレゼントが置かれていた。
私が無垢な子供だったならそれはとても素敵な奇跡と喜んだろう。
少し背伸びしたい年頃ならば、サンタクロースなんていないのに、と斜に構えながらも喜んだろう。
けれども私はもういい大人で、おまけに独り暮らしだ。
施錠した室内に、一体誰がどうプレゼントを置いていったのか。まさか本当にサンタクロースがいたのだろうか。そんなわけがあるか。

プレゼントから後ずさるようにベッドを降り、部屋の様子を確認した。
荒らされた形跡はない。貴重品もちゃんとある。ただ、枕元にプレゼントが置いてあるだけ。
残念ながらサンタクロースの真似をするようなロマンチックな恋人はいない。ロマンチックでない恋人すらいない。
恐ろしくなって電話を手に取る。これから一生私は一人かもしれない。
もうなりふり構わず結婚相談所に…… 「違う、そうじゃない。そうだけどいまはそうじゃない……」
警察だ。警察に相談しよう。

けど、枕元にプレゼントがあって、などと言って取り合ってもらえるだろうか。
いたずらだと思われないだろうか。私がもも警察官ならばきっと門前払いだ。

本当はサンタクロースがくれたのかもしれないのに。
サンタクロースなんていないんだよ、と教えてくれたのは、小学一年生のとき前の席に座っていた子だ。
ショックを受けるわけでもなく、世の中そんな都合のいい話はなかったのだと妙に納得したものだ。
けれど前の席の子の言葉をずっと信じてしまったけれど、その子の嘘だとなぜ疑わなかったのだろう。
例え毎年が無理だったとしても、一生のうちに一度くらいサンタクロースからプレゼントを貰えたって、良いではないか。

プレゼントのリボンをするするとほどいていく。
童心にかえって、胸を高鳴らせながら箱を開ける。




「もしもし、警察ですか。ストーカーが私の部屋に入ったみたいで。……ええ、はい……」

ハッピーバースデイ

世間が浮かれるクリスマスイヴに私は生まれた。
メリーメリーと祝う影に私の生まれた事など埋もれて隠れてしまう。
この日があまり好きではなかった。

「世界中の人があなたのことをお祝いしてくれているの」

そう励まされても、やはりあの濃い顔のおっさんが頭をよぎるのだ。
私への言葉も、視点はその後ろのおっさんに焦点が合っている気がする。
あの人の誕生日は明日でしょう?
お祝いは当日だけすればいいじゃない。

今日は私の誕生日。
「お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
二つのプレゼントを抱えて、私はにっこり笑う。
私だけが特別な日。濃い顔のおっさんはまた明日。

滅亡予定日

結局やっぱりまたしても世界は滅亡などしなかった。
今となっては滅亡なんて単語を出せば笑われるに違いない。

信じてなどはいなかったけれど、心のどこかで期待していた部分はあったのかもしれない。

思い出してみると、あの夜の月は船のような形をしていた。
あの月の船が我々の箱船となったのだろうか。

次の滅亡予定は三年後。
その時もまた空に箱船が現れたらば、もう世界の終わりなど諦めよう。